僕は若いころ、「新聞屋さん」



漁村で育った僕は、中学を出れば普通に漁師になるものと思っていた。村で一人、大学を目指すところまではきたが、家には先立つものがなかった。


そんな時、先生が新聞奨学生というものがあると教えてくれた。配達をすれば学校に行ける、新聞社が授業料をみてくれるという。自転車で何百部も配った。眠いのはそのうちに慣れた。雨の日はつらかったが、晴れた日は四季の花がきれいで自転車をこぐのも気分が良かった。配達から帰るといつも店長の奥さんが朝食を作ってくれた。


集金や新聞の勧誘も仕事のひとつだった。田舎から出てきて若かった僕は一軒家を訪問するには勇気がいったが、今思えば皆、優しく接してくれた。いつも留守の人は毎月の新聞代を紙に包んで郵便受けに入れてくれていた。途中でお茶やお菓子をごちそうになることもあった。新聞の勧誘では、大学一年生の夏にコンクールで優勝した経験は、今の営業という仕事に大いに役立っている。口下手でも朴訥でもいいから、純粋にいいところを一生懸命にアピールするのだ。


僕は若いころ、「新聞屋さん」をしていたことを誇りに思うし、その経験には今でも感謝している。


岐阜県岐阜市   中村人生(43)




(社)日本新聞協会

ふれあいの詩

第13回 新聞配達に関するはがきエッセーコンテスト

入賞作品集より

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